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『おい、太宰』映画レビュー|三谷幸喜流ワンカット・タイムスリップ・コメディの新境地

2025年7月11日、WOWOW初の劇場版として公開された『おい、太宰』。脚本・監督は劇作家・映画監督として名高い三谷幸喜。2011年の『short cut』、2013年の『大空港2013』に続く“全編ワンシーン・ワンカット”スタイルで、太宰治を敬愛する平凡な男が時代を超えて奔走する コメディ&タイムトラベル作品に仕上がっています。

本作は、WOWOWで放送されたドラマ版とは異なる“もうひとつのエンディング”を特別映像として追加。海辺の洞窟でタイムスリップする小室健作(田中圭)は、太宰(松山ケンイチ)とその恋人・トミ子(小池栄子)の“運命の日”と遭遇し――。太宰作品ファンにとって、またタイムスリップ物語の愛好者にとっても注目の一本です。

🎬 映画の詳細情報

  • 公開日:2025年7月11日(金)
  • 主演:田中圭、松山ケンイチ
  • 共演:宮澤エマ、小池栄子、梶原善
  • 監督:三谷幸喜(『short cut』『大空港2013』)
  • 制作・配給:WOWOW製作(劇場公開担当もWOWOW)


あらすじ:ワンカットで描く、一夜の歴史的邂逅

youtube WOWOW Officialより引用

小室健作(田中圭)は太宰治を敬愛するごく普通のサラリーマン。妻・美代子(宮澤エマ)と結婚披露宴を終えた帰り道、ふたりは太宰が入水未遂をしたことで知られる海辺へ寄り道します。興奮した健作は洞窟の奥へ進み、突然過去へタイムスリップ。そこで偶然、太宰治(松山ケンイチ)と恋人・トミ子(小池栄子)の姿を目撃します。

史実では心中未遂に至るふたりを見た健作は、憧れの太宰治とトミ子に感激しつつも、トミ子を助けたい、太宰と真に向き合いたいという気持ちに囚われていきます。史実の変化を恐れながらも、健作は太宰とトミ子の“本音”に触れ、その人物像を再構築していく――。

映画は全編がワンカット・ワンシーンで撮影されており、101分間の生々しさと没入感を担保。WOWOW版とは異なる特別なエンディングも用意されています。


三谷幸喜“ワンカット&歴史人物あるある”の得意技が光る

① 全編がワンシーン、一カットで紡がれる物語

三谷作品の“コンパクトさ”ではなく、“止まらない”熱量が身体感覚として伝わってくる。本作では太宰やトミ子といった歴史人物を目撃する中で、健作の心の揺らぎを、観客はリアルタイムで感じることになります。

② 散りばめられた“太宰あるある”と三谷流ユーモア

悲劇作家のイメージを覆す、飄々とした太宰像が見もの。観客も肩の力を抜いて太宰像に触れられ、過度な“敬虔”ではなく“人間・太宰”を楽しめる構成になっています。


演技と人物描写:憧れ以前に生身の人物と向き合う

田中圭(小室健作役)

太宰に憧れるオタク心を抱えつつ、家庭人としての義務感と愛に縛られた男としての立ち位置を併存。ワンカットの中で感情揺らぐ細部の芝居、たまりません。

小池栄子(トミ子役)

史実と違い“生への執着”と“愛する男への依存”の狭間を繊細に演じ切り、健作の救済の対象でもあり、かけがえのない“一人の女”として立っていました。

松山ケンイチ(太宰治役)

“自虐的”“悲劇的”という太宰像を覆す、気の置けない友人や“愉快な同志”として描き出され、傍観していたはずの健作が次第に“まともな憧れ”と共鳴していく。


本作ならではの見どころ・考察

A. 恋慕と倦怠期女性の心理を混ぜ込む構造

妻・美代子との倦怠期の中、トミ子や太宰への“憧れ”は、過去への一時逃避であり、自己再生のきっかけとして有効になっています。コメディだが、家族の機微をも描き切っている点が評価できます。

B. “憧れていた人間像”とのギャップと再構成

実際に会ってみれば、完璧ではない人間である太宰。その瞬間に抱く幻滅と再評価のプロセスは誰しも経験するもの。三谷監督の“太宰観”と向き合うことができる構造になっています。

C. “もうひとつのエンディング”の存在価値

劇場版ならではの別エンディングでは、健作が過去を変えるのではなく“自分自身を変えた”ことが示唆される。タイムスリップ系としては珍しく大仰ではなく、清々しい終幕に仕上がっています。


感想:コメディと家族話の狭間で描かれる“恋の自由”と“責任”

筆者として特に印象深かったのは、タイムスリップ物であるにもかかわらず“歴史改変”ではなく“個人の心の変化”に焦点を当てている点。歴史は変わらずとも、健作の中での太宰や夫としての自分は確実に変化しています。

また、コメディ演出の陰に隠された「愛と後悔の情」を三谷流ユーモアで包みこんでいるのも本作の魅力。あっさりしたラブラインと静かな家庭回帰によって、“過去への恋慕”を一過性のものにとどめる潔さがあり、鑑賞後にほっと安堵できる心地よさがあります。


総評:三谷幸喜流 ロマンティック・タイムスリップ・コメディの新境地

  • 👍 ワンシーン・ワンカットの“臨場感”
  • 😂 三谷ユーモアによる“太宰あるある”
  • 🎭 田中圭×松山ケンイチ×小池栄子の顔合わせ
  • 💞 “憧れ”と“現実”、恋がくすぐる成長物語

歴史上の人物に会いたい、憧れの人の“リアルな姿”を見たい、そんな欲望を抱えるすべての人に贈る“タイム・コメディ”。『おい、太宰』は、笑いと切なさ、そして前向きな人生の選択が同居する傑作エンタメです。次は“松田礼人監督作品”と一緒にご覧ください!

※映画紹介についての一連の記事はこちらにまとめていますので、是非一読ください。

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