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『8番出口』映画レビュー|“出口なき地下通路”と“迷える心”の心理スリラー

映画「8番出口」アイキャッチ_「おじさん」

はじめに

2025年8月29日、日本公開された『8番出口』(原題:Exit 8)は、インディーゲームの世界的大ヒット作品を、日本を代表するクリエイター・川村元気が実写映画化した意欲作です。主演に嵐・二宮和也を迎え、不条理な地下通路を淡々と歩む“迷う男”の姿から始まる本作は、観客を“自分の心の迷宮”へと誘います。

同作は第78回カンヌ国際映画祭“ミッドナイト・スクリーニング”部門に選出され、世界各地からも注目を浴びました。

🎬 映画情報・概要

  • 公開日:2025年8月29日
  • 監督・脚本:川村元気(STORY inc.)
  • 原作:KOTAKE CREATE(インディーゲーム『8番出口』)
  • 脚本共著:平瀬謙太朗、川村元気
  • 主演:二宮和也(“迷う男”)
  • 共演:河内大和(“歩く男”)、浅沼成(“少年”)、花瀬琴音、小松菜奈(“ある女”)
  • カンヌ国際映画祭:ミッドナイト・スクリーニング部門正式出品、8分間のスタンディングオベーション、ベストポスター賞受賞

あらすじ:出口なき地下通路から脱出せよ

youtube 東宝MOVIEチャンネルより引用

主人公“迷う男”(二宮和也)は、無機質な蛍光灯だけが灯る地下通路を彷徨う。そこは出口が見えず、同じ顔をしたスーツ姿の“歩く男”と何度もすれ違う異様なループ空間だ。掲示された謎の指示──「異変を見逃さないこと」「異変を見つけたら、すぐに引き返すこと」「異変が見つからなかったら、引き返さないこと」「8番出口から、外に出ること」。こうして彼は“出口”を目指しながら、通路に現れる“異変”を探し続ける。

やがて“少年”と出会い、共に出口を求めるが、目の前に立ちはだかるのは自分自身の心の迷いと“選択”の重さ…。源としてのゲームにはない人間ドラマが、観客の心の深淵をえぐります。

\映画「8番出口」の公式HPも参照ください/
映画『8番出口』


映像演出・構成:ゲーム感覚の没入と映画のドラマ性

• ゲーム体験を忠実に映像化

冒頭では、まるでゲームの一人称視点そのもの。カメラワークとカット構成により、視聴者は“自分が迷う男”になったかのような没入感に陥ります。原作ゲームの緊張感を失わず、映画として再構成された演出は見事です。

• サウンドデザインによる不安演出

赤ん坊の泣き声、喘息の咳、振動音…これら音響により観客の神経を揺さぶり、「不気味さ」を音で体感させます。特に赤ん坊の泣き声は、全編を通して、生理的な嫌悪感を煽ったり、主人公の心の不安を象徴したりと、様々な意味を持たせています。余韻を残す音の積み重ねが、深い恐怖と焦燥を生む巧みな演出です。

• シンプル構成ながら味わい深い3幕構成

映画は以下の3幕構成で語られます:

  1. “迷う男”の苦悩と葛藤
  2. “歩く男”と“少年”との、出会いと結末
  3. “少年”との協力が紡ぐ出口への旅
    この構成が物語に抑揚を与え、観客に深い記憶として残ります。

考察|8番出口とは何か?迷宮の正体と“出口”の意味

映画『8番出口』が単なる不条理スリラーではなく、“心理の迷宮”を描いた深遠な作品であることは明白です。この章では、物語に込められたテーマ性、登場人物たちの行動の意味、そして“8番出口”が象徴するものを掘り下げていきます。

①「迷宮=心の中の迷い」の象徴構造

物語の舞台となる地下通路──白く無機質で終わりの見えないその空間は、まさに**人間の“心の迷い”**のメタファーとして描かれています。
無限に繰り返される“ループ”や“異変”、繰り返される日常のような空間は、人生における選択とその反復を象徴しています。

劇中で提示されるルール:

  • 「異変を見逃さないこと」
  • 「異変があったら、引き返すこと」
  • 「異変がなければ、引き返さないこと」
  • 「8番出口から外に出ること」

これは実は、“正しい選択”をしなければ次に進めない人生そのものを反映しています。
迷う男は、これまで人生で大きな決断から逃げてきた人間であり、地下通路という閉じた空間に閉じ込められるのは、自らの内面に向き合わざるを得なくなる試練なのです。

② 少年との出会いが導く“未来の修正”

中盤、主人公は“少年”と出会います。この少年は一見、通路内に迷い込んだ、ただの子どものように見えますが、後に語る「母親は知ってるけど、父親には会ったことがない」という台詞が、この存在の正体を示唆します。

この少年は、**迷う男の“まだ存在しない子ども”**である可能性が高いのです。現実世界において、迷う男は「決断」から逃げ続けた人生を送り、結婚や出産といった大きな局面からも背を向けていた人物。少年との邂逅は、彼に“失った可能性”を突きつける体験になります。

迷宮内で、主人公は初めて自らの行動に責任を持ち、他人(=少年)を守る決断をします。それがきっかけとなって、彼は初めて「正しい選択」を行い、“8番出口”へと導かれるのです。つまり、この迷宮体験こそが、彼が未来を選び直すための通過儀礼だったのです。

そして、主人公がこの決断をすることで、”少年”もまた“8番出口”から脱出していきます。これは、本来産まれえない”少年”が生まれる未来へ変わったのだと推察できます。

③ 「おじさん」は出口にたどり着いたのか? 選択の複雑さ

同じ通路を何度も行き来する“歩く男”、通称「おじさん」もまた、物語の鍵を握る存在です。
彼はある瞬間、突如現れた“8番出口”らしき扉を選び、通路から姿を消します。しかし、それは「正規ルートではない」「異変があるにもかかわらず進んでしまった」出口でした。

この行為は、ルール違反であり、一見すると失敗とみなされる選択に見えます。

しかし、重要なのは“怪異”からおじさんが言われた台詞です:

「本当に迷宮を抜け出したいの?」「同じことを繰り返す日常に戻るなんて、可哀想」

これは、おじさん自身が抱えていた“日常への諦め”や“生きることの疲れ”からの解放願望を象徴しています。それでも、彼は目前の偽物かもしれない8番出口からの脱出を選びました。これは、もしかすると**変わりたいという願望がありつつも、結局はこれまでの日常への退却**だったかもしれません。

それでも、彼は“何かを選びきった”のです。迷いを抱えながらも、自分の道を決めた点で、彼もまた“ひとつの迷宮”からは脱出できたのではないでしょうか。

つまり、この作品における“出口”とは、「答え」ではなく、「選択」そのものであり、正解か不正解かよりも、“決断を下したかどうか”が最も重要なテーマなのです。

④ “出口”はどこにでもある。問題は、それを選べるかどうか

映画のラスト、迷う男は少年と別れ、現実世界に戻ったように見えます。具体的な描写はぼかされていますが、彼の行動や表情からは、“過去とは違う自分”になっていることが感じられます。

このエンディングが示唆するのは、8番出口=現実世界のどこにでも存在するというメッセージ。
人は迷い、後悔し、何度も同じことを繰り返してしまう。
けれど、その中で“何かを選び直す勇気”があれば、誰もが自分の8番出口を見つけられるということ。


総括:『8番出口』は「迷い」と「決断」の寓話である

『8番出口』は、次のような観客に強く推薦したい作品です:

  • ゲーム原作の映画化に興味がある人
  • 心理サスペンスやタイムループ系の構造が好きな人
  • 自分の人生の“選択”を振り返りたい人

この映画は、“ホラーでもミステリーでもない”――いや、正確に言えば、ジャンルに収まることを拒否した、“現代人の心を射抜く寓話”です。

迷う男が選んだ出口も、少年が辿った未来も、おじさんが戻っていった日常も――全てが、“選ぶこと”の重みと難しさを象徴しています。

あなた自身の8番出口は、どこにありますか?

※映画紹介についての一連の記事はこちらにまとめていますので、是非一読ください。

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