映画紹介

『火喰鳥を、喰う』映画レビュー|世界線を喰らう執着の物語

火喰鳥を喰らう_アイキャッチ

はじめに

2025年10月に公開された映画『火喰鳥を、喰う』は、戦争の記憶と日常の裂け目から立ち上る“異なる世界”を舞台に、私たちが見ている現実そのものを揺るがす衝撃のSFミステリー作品である。

本木克英監督と脚本家・林民夫による緻密な構成、主演・水上恒司をはじめとした実力派キャスト陣によるリアリティ溢れる演技が融合し、“現実と改変”の境界を観客に突きつける。

ヒクイドリとは何なのか?
久喜貞市の日記が記す謎の言葉「ヒクイドリ、クイタイ」とは、ただの怪談話ではない。
過去を変えるのは誰か。世界線を決定づけるのは誰の“執着”なのか――。

この映画は、ひとつの問いを観客に投げかける。「もし、あなたの“選択”が誰かの世界を消し去るとしたら、あなたは何を守りますか?」

🎬 映画情報

  • 監督:本木克英
  • 原作:原浩『火喰鳥を、喰う』(KADOKAWA)
  • 脚本:林民夫
  • 主演:水上恒司(久喜雄司)
  • 出演:山下美月(久喜夕里子)、森田望智(与沢一香)、吉澤健(久喜保)
       カトウシンスケ(玄田誠)、豊田裕大(瀧田亮)佐伯日菜子、足立正生、
       小野塚勇人、麻生祐未、宮舘涼太、平田敦子、山野史人 ほか

あらすじ

youtube ギャガ公式チャンネルより引用

信州の山間に暮らす久喜雄司と妻の夕里子のもとに、戦時中に戦死したとされる雄司の大伯父・久喜貞市の遺品として、謎めいた日記が届く。そこには、異様なほどの“生”への執着、そして最後にこう綴られていた──「ヒクイドリ、クイタイ」。

それをきっかけに、久喜家の墓石が倒され、祖父が失踪するなど、家族を取り巻く不可解な現象が次々と発生する。雄司と夕里子は、怪異現象に詳しい大学時代の知人・北斗総一郎に助けを求める。

やがて明らかになるのは、“久喜貞市が死んだ世界”とは別に、“彼が生き延びたもう一つの世界”の存在だった。雄司と夕里子が生きる“世界A”に侵食してくる“世界B”。それは、久喜貞市と北斗が強く望んだ世界線。

彼らの執念が、「現実」をねじ曲げようとしていた――。

\映画「火喰鳥を、喰う」公式ホームページも是非参照ください/
映画『火喰鳥を、喰う』公式サイト


物語の考察

■ 世界線AとB、そして“喰われる”世界

本作の鍵は、“世界線A(現在の雄司と夕里子の暮らす現実)”と“世界線B(久喜貞市が生き延びたもう一つの世界)”の存在にある。

世界Aを破壊しようとしていたのは、久喜貞市の強烈な生への執着。そして、それに呼応した北斗総一郎の有里子への執着。この、世界Bを選んだ者たちは、世界Aを“喰う”ことで、自らの望む世界を現実化しようとする。

タイトルにもある「喰う」という行為は、ただの比喩ではない。執着によって世界線を飲み込む行為そのものを象徴している。そして、現実を構築しているのは、我々自身の“願い”や“選択”なのだという哲学的示唆が込められている。

■ ヒクイドリとは何か?

劇中、ヒクイドリは畏れの象徴として描かれるが、実は「劇中での元世界(世界A)の均衡を保つために存在した神聖な存在」だったのではないか、と筆者は受け止めた。
これは、ヒクイドリが久喜貞市に喰われてしまう=貞市が生存する世界(世界B)であることからも推測できる。つまりヒクイドリが生存することが世界Aを存続させる鍵だったのではないか?

そして、北斗総一郎は、この久喜貞市が生存している世界を利用して、自分の望む世界(有里子を手に入れた世界)を現実に上書きしようとしている。

劇中で、雄司は戦時中の体験をしたような描写がある。これは、雄司の意識が戦時中の過去に飛ばされ、北斗総一郎の策略により雄司がヒクイドリを捕えてしまう。そして貞市がそのヒクイドリを“喰う”ことで、貞市は死なず、世界Bが上書きされてしまったのではないか。

■ 「世界は記憶でできている」

改変された世界Bで、雄司と夕里子は赤の他人となってしまう。
しかし、すれ違いざまの一瞬で“記憶の残滓”が交差する描写がある。

この瞬間、観客にも伝わるのは「世界線が変わっても、魂のどこかには“かつての世界”が残っている」という人間の本質的な“記憶への執着”だ。
そしてその記憶こそが、元世界を救う種火になるかもしれないと期待させて物語は終わる。

これは、現実を生きる我々にも、現時点での世界は我々の選択の結果であり、その選択によって幾千、幾万、、、星の数ほどの世界がパラレルに存在しているのではないか、私や彼、彼女との関係が全く違うものであった世界もあるのでは、という想いを抱かせる。


感想・総評

本作は、ホラー・SF・サスペンスのジャンルを縦断する、“世界線改変型”ミステリーの傑作である。

演出の巧みさは群を抜いており、特に「日常に非日常が侵食する」演出には背筋が凍るようなリアルさがある。
ヒクイドリの鳴き声が、どこか懐かしさと恐怖を同時に喚起させる音として設計されている点にも注目したい。

主演の水上恒司は、現実に翻弄されながらも世界の真相に迫っていく雄司の姿を繊細に演じており、観客に「この世界を守ってくれ」と自然に応援させる説得力を持っていた。
山下美月演じる夕里子も、精神的な支柱として、物語に静かな強さを加えている。

一見、不条理で不可解な展開も、終盤になるとすべてが一本の“因果”として繋がっていく構成には、感嘆のため息が漏れるだろう。

※映画紹介についての一連の記事はこちらにまとめていますので、是非一読ください。

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昭和53年生まれ大阪出身。45歳で婚活開始し、24歳年下女性と結婚を前提に交際しています。その他、仕事についても20年以上務めた会社を退職、新たに士業への転身を行いチャレンジを続けています。同輩にとって益のある最新情報をお届けすべく、日々奮闘中です。趣味は映画と旅行。
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