はじめに:あの“悪魔”が20年ぶりに帰ってきた!

2006年に公開され、世界中で大ヒットを記録した『プラダを着た悪魔』。

ファッションにまったく興味のなかった若きジャーナリスト志望のアンディが、一流ファッション誌「ランウェイ」のカリスマ編集長ミランダ・プリーストリーのアシスタントとなり、無理難題に振り回されながらも成長していく姿を描いた作品だ。

そんな名作から、実に20年。
2026年5月1日、待望の続編『プラダを着た悪魔2』が公開された。

そして何より嬉しいのが、

ミランダ役のメリル・ストリープと、アンディ役のアン・ハサウェイが帰ってきたこと。

さらにエミリー・ブラント演じるエミリー、スタンリー・トゥッチ演じるナイジェルも再登場する。監督も前作と同じデヴィッド・フランケル、脚本もアライン・ブロッシュ・マッケンナ。

このメンバーが再び「ランウェイ」の世界へ戻ってきただけでも、前作のファンなら劇場へ足を運ぶ価値は十分にあるだろう。

しかし、本作の面白いところは単なる「懐かしのキャラクター大集合」で終わらないところにある。

現実世界で流れた20年という時間が、そのまま物語の中でも流れている。
アンディは新人アシスタントではなくなった。
エミリーもまた、ミランダの顔色をうかがっていたアシスタントではない。

そして、あれほど絶対的な存在に見えたミランダでさえ、時代の変化や年齢、仕事と人生のバランスと向き合わなければならない立場になっている。

20年という歳月によって変わったもの。それでも変わらなかったもの。

その両方を楽しめることこそ、『プラダを着た悪魔2』最大の魅力ではないだろうか。


🎬 映画情報

公開日:2026年5月1日
原題:The Devil Wears Prada 2
上映時間:119分
監督:デヴィッド・フランケル
製作:ウェンディ・フィネルマン
製作総指揮:カレン・ローゼンフェルト/マイケル・ベダーマン/アライン・ブロッシュ・マッケンナ
キャラクター原案:ローレン・ワイズバーガー
脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ

主なキャスト

ミランダ・プリーストリー:メリル・ストリープ
アンドレア(アンディ)・サックス:アン・ハサウェイ
エミリー・チャールトン:エミリー・ブラント
ナイジェル:スタンリー・トゥッチ
ジャスティン・セロー
ルーシー・リュー
ケネス・ブラナー

前作を支えた主要キャスト4人が20年ぶりに再集結。

メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチという4人が再び同じ作品に揃ったこと自体が、長年のファンにとって大きなプレゼントと言っていい。


あらすじ

youtube 20世紀スタジオ公式チャンネル より引用

ニューヨークの一流ファッション誌「ランウェイ」。

その頂点には、今も変わらずミランダ・プリーストリーが君臨していた。
妥協を許さない完璧主義、圧倒的な存在感、そして部下を震え上がらせる無理難題。
20年が経過しても、ミランダはミランダだった。

一方、かつて彼女のアシスタントとして働いていたアンディは「ランウェイ」を離れ、自分が本当に目指していた報道記者としての道を歩んでいた。

そんな中、「ランウェイ」が存続の危機に直面する。
ミランダと長年彼女を支えてきたナイジェル、二人が苦境に立たされていることを知ったアンディは、特集エディターとして、かつて自ら去った「ランウェイ」へ戻ることになる。

そしてそこで再会するのが、かつての同僚エミリー。しかし20年前とは立場が違う。

かつてはアンディと同じくミランダに振り回されていたエミリーは、今ではラグジュアリーブランドの幹部となり、「ランウェイ」の未来を左右するほどの力を持つ存在へと成長していた。

かつて上司と部下だった者。
かつて同僚だった者。

それぞれが20年間、別々の人生を歩み、仕事を続け、それぞれの立場で成功と挫折を経験してきた。そんな彼女たちが、再び「ランウェイ」という場所に集まる。

夢、野望、仕事、人生…それぞれの思いがぶつかり合う中、「ランウェイ」の未来を懸けた戦いが始まる。

\映画「プラダを着た悪魔2」公式ホームページも是非参照ください/
映画『プラダを着た悪魔2』公式サイト


感想

20年経ったのに、一瞬で「あの二人」に戻るミランダとアンディ

本作を観てまず感じるのは、「本当に、この二人が帰ってきた!」という嬉しさだ。

メリル・ストリープとアン・ハサウェイ。

前作から20年という時間が経過しているにもかかわらず、この二人が同じ画面に収まった瞬間、一気に2006年の『プラダを着た悪魔』の世界へ引き戻される。

もちろん、二人とも20年前とは違う。

アンディは、ファッションについて何も知らず、ミランダから名前すらまともに覚えてもらえなかった新人アシスタントではない。20年間、自分自身の人生を歩いてきた一人のプロフェッショナルだ。

それでもミランダを前にすると、どこか20年前のアンディが顔を出す。
そしてミランダもまた、そんなアンディに当然のように無理難題を突きつける。

この二人の呼吸が、何とも心地いい。

20年間会っていなかったはずなのに、仕事を始めた瞬間、まるで20年前からずっと一緒に働いていたかのように動き始める。
ここが本作最大の見どころの一つだろう。

前作では、ミランダが命令する側で、アンディが必死になってそれを実現する側だった。
しかし今回は違う。

アンディはもう新人ではない。経験があり、判断力がある。そして何より、20年前の自分とは違って「ミランダ・プリーストリーという人間」を知っている。

無茶な要求をされても、ただ慌てるのではない。
「はいはい、また始まった」とでも言いたげな空気すら感じられる。
それでも結局、アンディは動く。そして何とかしてしまう。

この関係が実に面白い。

ミランダの無茶振りと、それに応えようと奔走するアンディ。
形だけを見れば20年前と同じなのだが、中身はまったく違う。

アンディはもう、ミランダに認めてもらうためだけに走っている新人ではない。
自分自身の意思で、必要だから動いている。

20年という時間によって、上下関係だった二人が「仕事のできる大人同士」へと変化している。

それでも根本的なキャラクターは変わっていない。この「変わったところ」と「変わらないところ」のバランスが、続編として非常に気持ちよかった。

ミランダは相変わらずミランダ。しかし20年前とは違う迷いがある

そして、やはりこの映画の中心にいるのはミランダ・プリーストリーだ。

20年経っても、彼女は相変わらずである。
ファッション誌「ランウェイ」の編集長として君臨し、圧倒的な存在感で周囲を動かしていく。

妥協しない、要求水準は高い、そして仕事に対する執念も変わらない。
この人は本当に仕事が好きなのだ。

しかし今回のミランダには、20年前にはあまり見られなかった「迷い」がある。
それが、「私は仕事を優先しすぎたのではないか」という思いだ。

仕事のためにプライベートを犠牲にしてきた。
夫との時間、子どもとの時間、家族との時間…自分が編集長として成功するために、多くのものを後回しにしてきたのではないか。
そんな問いが、20年という時間を経たミランダの前に現れる。

これは、非常に興味深かった。

前作のミランダは、仕事においてほぼ迷わない人だった。
自分が何を求めているのか分かっている。何をすれば勝てるのかも分かっている。
そのために必要なら、厳しい決断もする。

だからこそ「悪魔」と呼ばれる。

ところが、そんな彼女にも人生を振り返る時間が訪れる。
「もっと家族との時間を大切にする人生もあったのではないか」
そう考える瞬間がある。

しかし、ここで本作がミランダに、「やはり仕事より家庭が大事だった」と言わせて終わらないところが良い。

彼女は悩む。振り返る。

それでも最後には、「私は仕事が好きだ」という自分自身の素直な欲望へ戻ってくる。

ここがとても美しい。

仕事を続けることは、何かを犠牲にすることかもしれない。
別の人生を選んでいれば、得られた幸せもあったかもしれない。
しかし、それでも自分はこの仕事をしたかった。それなら、その人生を恥じる必要はない。

ミランダはそんなふうに生きている。そして、そんな自分に誇りを持っている。

20年前よりも年齢を重ね、迷いを知ったからこそ、今回のミランダは前作以上に魅力的な人物に見えた。

20年前とは時代が変わっても、「仕事をする女性」の姿はやはり鮮烈

2006年に前作が公開されたとき、ミランダやアンディの姿が多くの女性に支持された理由の一つは、「仕事に本気で向き合う女性」を真正面から描いていたからだと思う。

特にミランダは強烈だった。

男社会の中で成功する女性を、遠慮がちに描かない。
「家庭も仕事も完璧に両立する理想的な女性」としても描かない。
彼女は野心的で、厳しく、仕事を愛し、成功を求めている。

そして、それを隠そうともしない。それが鮮烈だった。

あれから20年。

社会は大きく変わった。
女性がキャリアを築くこと自体は、2006年当時よりもはるかに当たり前のこととして語られるようになった。

それでも本作のミランダやアンディを観ていると、その姿は今も十分に鮮烈だ。

なぜなら、「仕事が好きだから働く」という極めてシンプルな欲望を、女性が堂々と口にすることには、今も独特の力があるからだ。

家庭のためでもない。誰かに褒めてもらうためでもない。社会的な使命だけでもない。

自分がこの仕事を好きだからやる。
成功したいから努力する。その姿勢をミランダは貫いている。

そしてアンディもまた、自分のやり方で仕事を続けている。

二人の働き方はまったく違う。価値観も違う。
しかし、「自分の人生を自分で選ぶ」という一点では共通している。

ここに『プラダを着た悪魔』という作品が、20年経っても古びない理由があるように感じた。

ミランダの無茶振りを受け止めるアンディの「しなやかな強さ」

一方、アンディの魅力も20年前以上に増している。

前作のアンディは、とにかく必死だった。
ミランダから次々と飛んでくる無茶難題。
それを何とかクリアしようとニューヨーク中を走り回る、失敗する、怒られる。
それでもまた立ち上がる。

あの姿に共感した人も多かっただろう。
今作のアンディにも、その根本的な部分は残っている。

ミランダから無茶な要求をされても、「そんなこと無理です」と言って投げ出すのではない。

とりあえず考え、そして動く、できる方法を探す。
ここにアンディの強さがある。

しかしそれは、ミランダのような圧倒的な強さではない。
アンディの強さはもっと柔らかい。言うなれば、「しなやかな強さ」だ。

理不尽な状況でも完全には折れない。相手と衝突しても、自分を見失わない。
そして必要なら周囲の力も借りながら、前へ進む。

20年間の経験によって、その強さはさらに磨かれている。

ミランダが「力で道を切り開く人」だとすれば、アンディは「状況に合わせながら前へ進める人」なのかもしれない。

どちらが正しいという話ではなく、この異なる二人だからこそ、コンビとして面白い。

上司と部下を超えた、友情にも似た二人の関係

そして今回、特に印象に残ったのがミランダとアンディの関係性だった。

二人は友達ではない。少なくとも一般的な意味での友達ではないだろう。
一緒に食事へ行って、休日に遊ぶような関係でもない。

かつての上司と部下であり、現在はビジネスパートナー。
そう説明するのが一番正しいのかもしれない。

しかし二人を見ていると、それだけでは説明できない何かを感じる。
それが、「友情にも似た感情」なのだと思う。

前作でアンディは、ミランダのもとで本当に厳しい経験をした。
何度も無茶難題を押し付けられ、仕事に追われ、恋人や友人との関係まで崩れかけた。
そして最終的には、自分の人生を取り戻すために「ランウェイ」を去った。

普通なら、それで終わりなのだが、20年後、二人は再び一緒に仕事をする。

なぜできるのか。

それはおそらく、二人がかつて、「同じ厳しい山を越えた人間」だからではないだろうか。

あの時代を一緒に戦った、お互いの嫌なところも知っている、能力も知っている、限界も知っている。
そして何より、「この人なら、最後には何とかする」という信頼がある。
だからミランダはアンディに無茶を言える。

そしてアンディも、「またか……」と思いながら動く。

そこには上司と部下という言葉だけでは説明できない絆がある。
20年前には見えなかったその関係が、今作ではとても心地よく感じられた。

「働くこと」に引け目を感じる必要はない

現実社会を見れば、まだまだ男性中心の組織や業界は少なくないだろう。

女性がキャリアを優先すると、「家庭は?」「結婚は?」「子どもは?」といった問いを向けられることもある。

もちろん家庭を大切にする人生も素晴らしい。仕事よりプライベートを優先する生き方もある。

しかし逆に、仕事が好きだから仕事を優先する人生もあっていい。

本作のミランダを観ていると、そんな当たり前のことを改めて感じる。

彼女は完璧ではない、後悔もある。家族に対する申し訳なさもある。
それでも最後には、自分が歩いてきた人生を肯定する。

アンディもまた、自分の選択した道を歩き続ける。

だから、この映画を観て元気をもらう人は多いと思う。

仕事で失敗した人、理不尽な上司に振り回されている人、思うように評価されない人、キャリアに迷っている人。

そんな人たちに、「それでも前を向いて働こう」と思わせてくれる力が、この映画にはある。

決してふて腐れない、投げ出さない、できることを探して一歩ずつ前へ進む。

ミランダとアンディではその方法は違うけれど、二人とも止まらない。
そこが格好いいのだ。

そして最後に――ナイジェル、めっちゃ良い奴やん!

ここまでミランダとアンディを中心に書いてきたが、最後にどうしても触れておきたい人物がいる。

ナイジェルである。

前作でもアンディを支え、ファッションの世界を教え、時に厳しく、時に優しく接してくれたナイジェル。

そして、今作の最後に、密かにアンディを呼び戻したのはナイジェルであったことが明かされる。

ミランダの右腕として長く働き続けながら、周囲の人間を見る目を失っていない。
華やかで競争の激しい「ランウェイ」という世界にいながら、人としての温かさを持っている。

ミランダとアンディが物語の表側で強烈な光を放つ存在なら、ナイジェルはその二人を少し離れたところから支える人物だ。

だから最後に一言だけ言いたい。

ナイジェル、めっちゃ良い奴やん!


総評:20年経っても、「プラダを着た悪魔」は働く人の背中を押してくれる

『プラダを着た悪魔2』は、前作の人気に頼っただけの同窓会映画ではなかった。

もちろん、メリル・ストリープとアン・ハサウェイが再び並んでいるだけでも嬉しい。
エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチも帰ってきた。
懐かしさだけでも十分楽しめる。

しかし本作が面白いのは、その「20年」という時間を物語そのものに取り込んだところだ。

ミランダも年齢を重ね、アンディも成長した。エミリーも違う立場になった。
社会も変わり、ファッション業界も出版業界も変わった。
それでも彼女たちは仕事をしている。

迷い、悩み、失敗しても、それでも前へ進む。

特にミランダが、自分の人生を振り返りながら、それでも「私は仕事が好きなのだ」という思いへ戻っていく姿が印象に残った。

仕事を愛することに、申し訳なさを感じる必要はない。
成功したいと思うことを、恥じる必要もない。

そしてアンディもまた、ミランダとはまったく違う方法で、自分らしく仕事と向き合っている。

二人は似ていないが、だからこそ、良いコンビなのだ。

20年前、アンディにとってミランダは「悪魔」だった。
しかし20年後、二人の間には、単なる上司と部下では説明できない信頼がある。
同じ修羅場を越えた者同士だけが持つ、友情にも似た絆がある。

それを再び見られただけでも、この続編には十分な価値があった。

仕事で悩んでいる人、キャリアに迷っている人、自分の生き方に自信を失っている人。
そんな人が本作を観れば、少しだけ背筋を伸ばして明日を迎えられるのではないだろうか。

20年経ってもミランダはミランダだったし、アンディもアンディのままだった。
でも二人とも、確実に20年分の人生を生きていた。

だからこそ、この再会が嬉しい。

そして観終わったあとには、きっとこう思うはずだ。

「よし、明日も仕事頑張るか」

『プラダを着た悪魔2』は、20年の時を経てもなお、働く人の背中を力強く押してくれる映画だった。

※映画紹介についての一連の記事はこちらにまとめていますので、是非一読ください。

ABOUT ME
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昭和53年生まれ大阪出身。45歳で婚活開始し、24歳年下女性と結婚を前提に交際しています。その他、仕事についても20年以上務めた会社を退職、新たに士業への転身を行いチャレンジを続けています。同輩にとって益のある最新情報をお届けすべく、日々奮闘中です。趣味は映画と旅行。