はじめに
原作:かわぐちかいじによる名作漫画『沈黙の艦隊』。その待望の実写映画化第2作が、2025年に公開されました。
主演を務める大沢たかおが前作に続き艦長・海江田四郎を務め、北極海を舞台に原子力潜水艦「やまと」がアメリカの最新鋭原潜と激突する壮大な海戦を描きます。前半は北極海域の潜水艦戦、後半は国際政治と大艦隊戦、さらには日本国内での選挙も絡む国家ドラマ。
高度な軍事描写と政治理論、そして信念と理想をぶつけ合う登場人物たちの熱量が交錯する、重厚な作品です。
🎬 映画情報・背景
- 監督:吉野耕平(実写版第1作も監督または制作に関与)
- 脚本:高井光
- 原作:かわぐちかいじ(漫画『沈黙の艦隊』)
- 主演:大沢たかお(海江田四郎)、上戸彩(市谷裕美)
- 共演:津田健次郎、中村蒼、松岡広大、前原滉、渡邊圭祐、風吹ジュン、
他 多数の国際軍人や政治家キャスト
あらすじ
youtube 東宝MOVIEチャンネルより引用
アメリカと日本政府が密かに建造していた原子力潜水艦「シーバット」号を奪取した海江田四郎ら76名は、それを「やまと」と改名し、新国家「やまと」の建国を宣言する。東京湾でアメリア第7艦隊を打ち破った後、船団は国連総会へ向かうためニューヨークへ針路をとる。だが北極海を通過する際、アメリカの最新鋭原潜が接近。流氷漂う極寒の海域で、潜水艦同士の緊張ある戦闘が展開される。
同時に、日本国内では「やまと」を支持する竹上首相を中心に、衆議院解散・総選挙が行われる。「やまと構想」を巡る国内世論、政党の駆け引き、マスコミ報道や国民の反応も物語に絡む。やまと号と日本政府、世界列強との力学が重なり合い、海戦と政策戦が同時進行で描かれる。
\映画「沈黙の艦隊 北極海大海戦」公式ホームページも是非参照ください/
映画『沈黙の艦隊』北極海大海戦|公式サイト
\前作「沈黙の艦隊」は劇場版、ドラマ版ともにAmazon Prime Videoで視聴可能!/
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海底の戦場を描くリアルとスケール
リアルな潜水艦戦描写
潜水艦映画の最大の見せ場は、見えない敵との緊張、沈黙と音響、魚雷戦およびソナー戦、深海での駆け引きです。本作は、北極海の極寒状況、氷山や流氷、水温差、圧力変動といった環境要因を戦場描写に取り入れ、より現実感を出しています。公式サイトのビジュアルにも、氷に囲まれた潜航シーンが使われています。
艦内の暗闇、緊張した乗組員の表情、緊迫の沈黙と爆発の振動、魚雷の軌道やソナー反響など、音響と視覚を組み合わせた描写が多用され、観客に「水中に沈む恐怖感」を体験させる演出です。
大スケール艦隊戦と戦略の見せ方
映画の後半では、アメリカ海軍との全面衝突。母艦、護衛艦群、空母、航空機など複数の艦種が入り混じる大海戦が展開されます。海面戦や艦砲戦、航空支援、電子戦、ミサイル交戦などが入り乱れ、戦術視点の見せ場も豊富です。これにより、物語は単なる潜水艦アクションではなく、海戦叙事詩へと昇華しています。
緊張の積み上げとドラマとの融合
戦闘と戦略の合間に、艦長判断、部下との葛藤、外交交渉、国民世論、政治家の駆け引きなどが挟まれ、観客はただの戦争映画ではなく、「信念とは何か」「国家とは何か」そして「平和」というテーマにも引き込まれます。演出は緩急を巧みに使い、戦闘シーンの静→激のメリハリが効果的に描かれています。
見どころとハイライトシーン:信念と戦術の美学が光る、圧巻の二部構成
① 平和を模索する主人公の「奇想天外な戦略」と「自由さ」が生む興奮
『沈黙の艦隊』シリーズの最大の魅力は、海江田四郎という主人公の“型破りで自由な戦略”と“理想を貫く意志の強さ”にあります。本作でもその魅力は存分に発揮されており、むしろ前作を超えるスケールと知略で展開されます。
海江田の戦術は、単なる軍事的優位を目指すものではなく、常に「いかにして戦わずに勝つか」「いかにして犠牲を最小限にするか」「いかにして敵にすら納得させるか」という“信念の駆け引き”に満ちています。それゆえ、彼の行動は一見すると奇抜で予測不能。しかしそのすべてが、結果として論理的整合性を持ち、理想に到達するための大胆かつ自由な選択であることに気づかされます。
特に、本作のラストバトルで彼が見せる「たった一隻で、かつ我彼の被害を最小限に抑えながら、圧倒的艦隊を止める」構図は、軍事的リアリズムを踏まえつつも、理想主義の最高到達点を体現しています。
② 前半:北極海の原潜戦/後半:ニューヨーク湾の大艦隊戦
本作の構成は、前半と後半で大きくトーンが変わる“二幕構成”となっており、それぞれが異なる魅力を持っています。
前半:北極海での原子力潜水艦戦
アメリカが誇る最新鋭原潜が、やまと号に迫るこのパートでは、まさに“沈黙の死闘”が展開されます。音も光もほとんどない氷の海で、ソナーを頼りに相手の位置を探り、時にはダミーに惑わされながら心理戦を仕掛け合う描写は、手に汗握る緊張感の連続です。
魚雷の射程、深度の取り方、水温差によるソナー反射の変化など、リアルな戦術要素がふんだんに盛り込まれ、まさに「見えない戦闘」の面白さが凝縮されています。視覚よりも“音”と“沈黙”で演出されるこの戦いは、まるでサスペンスのような緊張をはらんでいます。
後半:ニューヨーク湾での大艦隊戦
一転して後半では、都市部・海面・航空戦力まで巻き込んだ「国家規模の戦争演出」が登場します。アメリカ海軍による総攻撃を前に、やまと号はたった一隻で立ち向かうことになりますが、ここでも海江田は暴力的勝利を選ばず、「最小限の衝突で最大限の意思を通す」作戦に打って出ます。
彼が選ぶ戦術は、数的に圧倒的不利な中にあっても、実弾を使わずに音響弾で敵を討つという戦術。もちろん音響弾では、敵船団にダメージは与えられませんが、実弾であれば撃沈されていた、という事を知らしめることで相手側に敗北を認めさせることに成功している。
過度な戦闘、不要な加害は避けるというその姿勢は、正に日本古来の武士道にも通ずる精神です。ここで描かれるのは、単なる戦闘ではなく、“武力を使った平和的対話”とも言える高度な駆け引きとなっています。
この海戦において、海江田は一切の軍事ロマンではなく、「誰も死なせずに勝つ」ことを選ぶダークヒーローとして、その信念と手腕で観客を圧倒します。
③ 戦争、政治、理想…三層のドラマが絡み合う「政治サスペンス」としての完成度
『沈黙の艦隊』が単なる戦争映画ではない最大の理由は、「政治のリアリズム」が同時に描かれている点にあります。本作では、以下の3つの層が複雑に絡み合いながら物語を構成しています:
- ①軍事層:海戦、戦術、作戦指揮、艦内ドラマ
- ②思想層:海江田の国家理念と平和への信念
- ③政治層:各国政府・首脳の思惑、日本国内の選挙戦と世論
特に後半では、「やまと構想」を巡る日本国内の総選挙が展開され、平和主義か、現状維持か、理想か現実か、といったテーマが国民レベルで議論される構図になっています。選挙演説、政党の駆け引き、マスメディアの報道、世論の反応などがスリリングに描かれ、まるで政治ドラマのような厚みを作品に与えています。
さらに、アメリカ・ロシア・中国といった大国の首脳陣が、やまと号の存在によって徐々に姿勢を変えていく描写には、「一隻の潜水艦が世界を動かす」という説得力すら生まれています。
これはまさに、軍事・政治・思想を三位一体で描く壮大なサスペンスであり、国際情勢や安全保障に興味のある観客にも刺さる完成度の高いストーリー構成と言えるでしょう。側も自国理念を信じています。その中で「誰が正義か」は明確ではなく、視点が変われば英雄にもならず、悪人にもなり得る。観客は、誰の視点を取るか、どの信念を受け入れるかを自然と問われます。
感想:理想を映す海と国民の視線
私見として、『沈黙の艦隊 北極海大海戦』は、原作ファンにも、ミリタリーファンにも刺さる作品でした。戦闘の迫力と海の静寂、国家構想の重み、人間の信念が交錯する構図が、スクリーンで雄弁に語られます。
特に印象的だったのは、海江田が一隻で大艦隊と対峙しながらも、自らの理念を、相手側も含めて“最小限の被害で”通そうとする矜持。これは単なる軍事秀才ではなく、国家を背負う指導者の孤高さを感じさせます。目的は戦闘ではなく、あくまで平和であること。それを強く感じさせる描写でした。
また、原作の漫画では政治シーンでの議論、報道、世論操作の場面が“現代的”であり、21世紀の観客としてもリアリティを持って響きました。原作が描いた情報公開や双方向性のテーマも、現在のSNS時代を見越したメッセージを含んでいると感じます。
ただ、展開が早く、国家・外交・艦隊戦・人間ドラマのすべてを詰め込もうとした結果、描写が浅くなった箇所も散見されます。例えば、ある政治家の背景や国際勢力の思惑にもっと時間を割いてほしかったという思いがあります。しかし、それを補ってあまりある破格のスケールと意志の物語でした。
総評:海と国家を賭けた叙事詩。信念と嘘を越えて
『沈黙の艦隊 北極海大海戦』は、潜水艦戦や戦術描写を見せ場とするだけでなく、国家の在り方、主権、平和とは何かを問いかける重厚な物語です。海江田四郎という希代の人物を通じて、「国を背負う」という覚悟と孤独が浮かび上がります。
原作漫画を愛してきたファンは、あの名シーンをどう実写で再現するか目が離せないでしょう。初めてこの世界に触れる人にも、十分な導入とドラマ性がある構成になっており、深く入り込める作品です。
※映画紹介についての一連の記事はこちらにまとめていますので、是非一読ください。